私は小学生の時、吹奏楽部でクラリネットを吹いていました。当時の私は楽譜のドレミファは読めたけれど、八分音符やら、黒丸、白丸、ハタと点がついた音符?などはよく分からず、リズムは周りの人のまねをして吹いていました。指揮者である和田森先生は物静かなおじさん先生でしたが、彼の音楽に対する愛と情熱に魅了され、私たちは熱心に毎日練習しました。レパートリーは歌謡曲からクラシックまで様々。先生はまだ小学生の私たちに真摯で向き合い指導してくれました。下手でも熱心に練習に参加する子はコンクールに出場させてもらい、いつも金賞や銀賞をもらっていました。
和田森先生は、コンクールでベートーベンの新世界を演奏するのが大好きでした。先生が指揮棒を上げると、緊張感の中、みんなが一つになって呼吸する。そして演奏が始まり、指揮の流れに乗って進む。自分のパートを奏でるのに精一杯だったけれど、全体がきっと素晴らしいハーモニーを創り出したのでしょう、終りは拍手喝采に包まれていました。
なぜこんな話をするかと言えば、神の創造すべてには生命のシンフォニーがあるように思えるからです。神さまが指揮者。そして大小すべての生命にはそれぞれの役割があり、神の指揮のもと、シンフォニーを奏でる、そのような摂理があるように感じます。主に主旋律を奏でる役割もあれば、ずっと控えているけれど時々ジャーンとシンバルを打つ役割、主にベースでリズムを支える役割もある。すべての役割が美しいハーモニーと創り出すのにかけがえのない存在。全体に盛り上がる時もあれば、静かだったり、早くなったり、ゆっくりだったり、神に導かれて展開していく生命のシンフォニー。
今の地球の世界は、神の指揮を見ないで、自分勝手なペースで進んだり、自分の役割でないパートを奏でたり、強弱が違ったり、間違って大きな音で奏でている人に周りの人が合わせたりかもしれません。それでも神は熱心に忍耐強く、私たちが指揮者を見るのを待ちながら、演奏を続ける。いつの日か全員が指揮者を見て、ひとつの呼吸となり、ひとつの素晴らしいハーモニーと創りだす。そして永遠に。
この世界も宇宙もひとつの美しいハーモニーになる日が来るのでしょう。それには私たち一人ひとりが指揮者である神を見つめること、導かれること。
「私たちはみんなひとつです。
ひとつとして愛し、
ひとつとしていきましょう。
そして安らぎがこの地球界と全宇宙を治めますように。」
by Mata Yogananda