助けを求めるのが苦手な人は多いと思います。「迷惑をかけたくない」とか「負担になりたくない」、または「自分一人でやるべき」と思っていませんか?
私も以前はそう思っていました。でもあるとき「助けを求めることで、その人が親切になるチャンスを与えているんですよ」と言われました。確かに、誰かに親切にすると気分がよく、満たされます。時には助けることが大変でも、後で「やっぱり助けて良かった」という満足感があります。良いことをしたから、祝福されている感じです。
Mata Yoganandajiは 「私たちは自分の心を広げるために、人に施し、助ける必要がある」と述べています。また 「What you give, you receive(与えることを自分が受け取る)」とも言われています。だからより豊かに成長したければ、人を助けることは自分自身のためにも大切で必要なことです。
人生は波瀾万丈。自分が力尽きて、空っぽで、何も人に与え助けることができないときがあります。ただひたすら受け取る、助けてもらうだけの時期もあります。でもそれを乗り越えたら、乗り越えたからこそ、また人を助けたくなり、与えること助けることに喜びを感じるでしょう。
私はカナダでシングルマザーとして出産しました。陣痛が始まったら助産婦に電話をして、一緒に病院に行く段取りでした。いざ陣痛が始まると、なぜか数日前に新調した電話が突然機能しませんでした。1ヶ月ほど前に引っ越したばかりだったので、まだ余り親しくないお隣さんの家のドアを真夜中にガンガン叩いて、「すいません、電話を使わせてください!」。やっと助産婦と電話で話すと「私があなたを迎えに行っている時間はなさそうね。近所に住んでる友達に直ぐに病院に連れて行ってもらって。病院で待ち合わせましょう。」と言われました。そこでまた、真夜中に友達をたたき起こして「直ぐに病院に連れて行って。もうすぐ生まれそう!」 そんなこんなで無事にあっという間に出産。
母が日本からお手伝いに来てくれる予定でしたが、予定日よりもかなり早く生まれたので、母の到着までまだ数日ありました。すると親友が、「私、数日仕事休んで一緒に居てあげるよ。職場の上司に状況を説明したら、家族の緊急事態という理由で有給がとれたの。」
こんな感じで、助けを求めることを躊躇している場合ではなく、多くの人たちから助けられて、見守られての生活でした。日本語には「おかげさまで」という表現がありますが、私たちはいつも目に見えない所でも助けられています。私たちはお互いに助け合って生きています。だから必要なときは躊躇しないで助けを求めましょう。